しし座流星群の飛行経路計算 

 2001年11月19日、ついに念願のしし群大出現を目にすることができました。この日午前零時ころから、佐世保市東部の里美トンネル東口付近で、どんよりした厚い雲の下待機していたのですが、午前1時頃には小雨までふりだし、車中で晴天祈願の祈祷をする羽目になりました(^_^;)。

 

 驚いたことに祈りは通じ、午前2時半頃から雲が切れだし、3時少し前にはほぼ晴れ渡りました。流星は大出現中で、ちょうど予想されていた極大の頃です。

 

 この場所は東に開けており、対角魚眼でしし群の放射点を真ん中にして花火のように流星が広がる写真を地上の風景とともに撮れます。機材はキヤノンのコントロールバックつきのEOS−1nにシグマの対角魚眼を使いました。

 

 キヤノンのコントロールバックは流星撮影用に設計したのではないかと思えるくらい便利で、x秒バルブ露光してy秒休みをn回だけ繰り返しという設定ができます。三脚を据えて撮影をスタートすれば後はまったくカメラに触れずに眠っていても流星撮影ができます。撮影データは、シグマの15ミリf2.8開放、ISO800ネガ、4分50秒の露光して10秒休みの繰り返しです。

 

 ただ残念なことに、私の対角魚眼レンズはオリンパスマウント用ですのでOM−EOSレンズアダプターを用いてEOSに取り付けたのですが、無限遠が厳密には合っていなかったようで若干ピンぼけになってしまいました。

 

 さてしし群の翌々日、長崎県天文協会佐世保支部長の松本直弥さんの写真が新聞に載りました。おや似ているとその時思いました。松本さんは祈祷とかにはもちろんたよらず、天気予報を見て同協会の金丸さんとともに晴れている雲仙まで走り、高感度ビデオを使った全国規模の共同観測や、眼視計測をこなされています。カメラまかせで寝ころんでいた私とは大違いですが、対角魚眼を使った写真は私のとよく似ています。

 

 しばらくして天文協会報とともに松本さんの写真をいただきました。見た途端、「間違いない、同じ流星がいくつも写っている。」と確信しました。時間も合っていますし、Bの流星などは2回爆発しているあたりがそっくりです。

 

佐世保市 2001年11月19日 午前3時15分〜20分

15ミリ対角魚眼 f2.8開放 撮影:水田 孝

 

雲仙 宝原園地 2001年11月19日 午前3時13分から7分と10分露光の合成

16ミリ対角魚眼 f2.8開放 撮影:松本直弥氏

 

 上の写真中、同じものと見られる火球クラスの流星にA〜Dの記号をつけました。この4つ以外にも同じ流星ではないかと思えるものがありますが、大きな流星に対象を絞って計算をしてみることにしました。

 幸い私も松本さんも赤道儀を使わず固定撮影していますので、星図ソフトを使えば背景の星との比較で流星の方位と高度が簡単に求まります。

 まず基礎データですが、撮影場所の緯度経度は地図ソフト「マップファン」で求めました。

佐世保(水田) 北緯33度10分40秒 東経129度48分50秒
雲仙(松本氏) 北緯32度43分20秒 東経130度16分20秒

 

 この2点の距離と方位はTYFさん作のフリーソフト「DISTANCE」で求めました。

 

佐世保と雲仙の距離 66.2キロメートル
佐世保から見た雲仙の方位 139度33分0秒

 次に星図ソフト「ステラナビゲーター」で観測地と時刻を佐世保と雲仙にそれぞれあわせ、流星の頭と尾の方位角と仰角を背景の星との比較で求めます。写真と星図を見比べながら同じ作業を3回繰り返して平均値を採用しました

 しかし、対角魚眼での固定撮影による星像であり、しかも私の写真はピントが外れていて光跡が膨らんでいるので、読みとり精度はあまり良くありません。測定者も私一人ですので偏った数値になる恐れもあります。実際3回繰り返して読みとった値は±0.5°ほどのばらつきがありました。星図と写真をディスプレイ上で重ね合わせるような工夫をすれば精度は上がると思われますが、対角魚眼の画像に合わせた星図の作り方が判らず断念しました。

 さて、佐世保と雲仙からの視線の交差角がほぼ45°と条件の良い流星Aを例にとります。下記のような数値がそれぞれの写真から読みとれました。

流星A 頭部・方位 頭部・仰角 尾部・方位 尾部・仰角
佐世保 55.0° 50.0° 68.7° 47.9°
雲仙 9.4° 42.4° 30.5° 48.5°

 方位と距離から三角関数を用いて流星までの距離が求まります。計算には表計算ソフト「エクセル」を用いました。

佐世保-頭部 71.1Km 佐世保-尾部 101.3Km
雲仙-頭部 92.2Km 雲仙-尾部 100.9Km

 この距離に仰角のタンジェントをかければ流星の高さが出ます。佐世保から見た高さと、雲仙から見た高さがそれぞれ独立して計算できますが、本来一致すべき数値ですので、この2つの数値を見れば、2枚の写真の流星が同じものかどうか、あるいは写真から方位と仰角を読む作業の誤差がどのくらいあるかを推し量ることができます。

流星A 頭部 尾部
佐世保から見た高度 84.7Km 112.1Km
雲仙から見た高度 84.2Km 114.1Km

 数パーセントの誤差に収まっており、まずまずの一致ぶりだと思います。

 誤差はほとんど写真の読みとり時に発生していると考えます。他の要因としては大気による屈折とか距離計算の近似法などが考えられますが、前に述べたように±0.5°はある読みとりのばらつきに比べれば影響は少ないでしょう。

 この流星Aのように視線の交差角45°前後であれば、角度1°の誤差は距離にして2%程の誤差でしかありません。たぶん流星Aの経路についてはこの2%程度の誤差で求まっているのではないかと思っています。

 ただし交差角が10°だと角度1°は距離にして約10%、交差角が5°だと約20%の誤差になります。後述するように流星Bの尾部などは交差角が2°しかありませんので、流星Bについては相当大きな誤差があるものと考えられます。これが視線の交差角90°と理想の条件であれば1°の誤差は0.1%程度の誤差でしかないのですが。

 本題に戻り、流星の方位と距離から緯度経度を求めます。TYFさん作のフリーソフト「REV_DIST」 を用いました。

流星A 北緯 東経
頭部 33度32分30秒 130度26分30秒
尾部 33度30分10秒 130度50分00秒

 以上の結果から、流星Aは福岡県の英彦山西側の上空113Km程の高さで発光をはじめ、下向きに約38度の進入角度でほぼ真西に約46Km程飛行して、福岡空港の上空84Km程の高さで燃え尽きたことになります。

 この時刻の放射点の仰角は40度強で、方向はほぼ真東ですので、流星の進入角と方向にほぼ合っています。

 この計算結果を地図ソフト「マップファン」を用いて、他の流星の計算結果とともに図示します。

流星 場所 出現 消滅 経路長 進入角
福岡県

北緯33度30分

東経130度50分

高度113Km

北緯33度32分

東経130度26分

高度84Km

46.3Km -38°
鹿児島県

北緯31度49分

東経131度01分

高度92Km

北緯31度39分

東経130度48分

高度80Km

29.5Km -25°
日向灘

北緯32度23分

東経132度10分

高度138Km

北緯32度23分

東経131度39分

高度92Km

66.8Km -44°
周防灘

北緯33度53分

東経132度02分

高度128Km

北緯33度46分

東経131度24分

高度80Km

76.0Km -40°

 

 以上、A〜Dの4つの流星について飛行経路を計算してみましたが、流星Bは他の3つの流星と進入角も方向もかなり違いますし発光を始めた高さも低すぎるようです。

 これは前述したように、流星Bの尾部と佐世保・雲仙がほぼ一直線にならんでいて交差角が2度しかないため、距離の計算数値がかなり誤差を含んでいるものと思われます。実際は尾はもっと南寄りの位置にあり、高度ももっと高かったのでしょう。

 流星Bをのぞいた3つの流星の経路計算結果をまとめますと、午前3時15分頃の明るいしし座流星群は、高度110〜140Km程で発光をはじめ、この頃の放射点の仰角とほぼ同じ約40度の角度で下向きに、方向はほぼ真西に40〜80Km程飛行し、高度80Km〜90Km程で燃え尽きていることになります。

 肉眼で見える現象のせいか、流星はせいぜい数十キロの範囲のを見ているのだとこれまでは根拠もなく思っていました。意外に遠くの現象を見ているのだなという感想を今回抱きました。

 ここまで書き終えた後、月刊天文2月号表紙に採用された嬉野の草野敬紀さんのすばらしい全周魚眼による写真を見ました。カノープスまで写っています。撮影地は熊本県清和高原、時刻は午前3時4分から29分までと一致しており、上で計算した流星と同じものが写っているように見えます。特に真南の方向、シリウスの近くを飛んでいる流星は2回爆発しておりほぼ間違いなく流星Bだと思いますが、草野さんは電動追尾されていますので流星の発生時間が判らないと厳密な計算ができません。少し残念でした。

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